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夏休みも終盤に差しかかり、転校まであと一週間となったある日、事件が起こった。
私は荷造りと手続きに追われ慌しい日々を送っていた。
ここ数日 長男はA君の事を忘れてしまったかのようにA君宅に近づかなくなっていた。
他の友達と遊んでるようで東京最後の夏を楽しんでいるように見えた。
忙しいのもあって正直A君の事を心配しなくて良いのは有り難かった。
ある日、少しゆっくりしていたお昼過ぎにピンポンとベルが鳴った。
玄関を開けるとA君が立っていた。
顔がこわばっていて緊張しているのが分かる。
「〇〇〔長男)はいますか?」
いない事を告げると、上がって待たせてくださいと言う。
私は何かあったんだと悟り胸がザワザワとするのを感じた。
いいけど、お母さん達がダメって言うんじゃないかな。大丈夫?
という私に「大丈夫です、〇〇の所に行ってくると親にも言ってきたから」
と硬い表情で言うA君。
とりあえずテーブルに座って話しを聞く事にした。
あの人も家に居たので、一緒に席に着く。
何があったの?
「お父さんから今日〇〇と話して来いって言われたんです。もう〇〇の事も嫌いだってハッキリ言って来いって、自分に関わらないでくれって。」
A君は大人しい優しい子で長男をハッキリ拒絶出来なかったようで、それもいけないのだろうとお父さんから言われていたようだった。
それでも中々本人を目の前にすると言うことが出来ずズルズルと今日まできていたようだ。
うん。それで?
「今日、家に居たら友達が遊ぼうってきたんだ。でも、外に出てみたら〇〇がいて…その友達はどっか行っちゃって。どうしようかと思ったけど、仕方なく家の近所のベンチで話してたら、それをお母さんが見て。家に連れ戻されたんだけど〇〇が話しが途中だってついてきて。
お母さん、すごく怒って。
家で自分の手首をカッターで…」
と話しながら途中で泣き出してしまった。
私はA君の背中をさすりながら、あの人を睨みつけた。
見なさい。これがあの子を止められなかった私達の責任よ。
「俺、〇〇に会って話すまで家に戻れないんです。お父さんにそう言われて」
泣きながらそう言うA君に私は謝る事しか出来なかった。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
お母さんは大丈夫なの?
「お母さんは大丈夫。傷もちょっとで、血もそんなに出てなかったんだけど、とにかく精神的に参ってて。」
傷が浅いと聞いてひとまず安心、だがそんな問題では無い。
あの人は何も言わず黙っていた。
私はあの人に長男を探してくるように伝え、A君のお母さんに電話をした。