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A君のお父さんが長男の胸ぐらを掴んで怒ってからも、全く変わらずA君への執着を続ける長男に、私もA君のご両親も頭を抱えている日々が続いた。
相変わらずA君の家まで行ってはA君のお母さんに追い返されてを繰り返していた。
私が何を言っても無駄だった。
何でこんなにA君に執着しているのか、そのシツコサは異常だと思うほどだった。
A君のお母さんは長男が来るのを見越して自宅前でA君の帰りを毎日待っていたようで、長男は思うようにA君と接する事が出来ずイライラしているようだった。
私はA君のお母さんから毎日電話で長男の様子を報告されていたので本当に申し訳無い気持ちで心がすり減っていった。
イライラしている長男は私へ当たり散らし手をあげたり蹴ったりしていたが、力では敵わなかった。
暴力では何も生まないと言っても聞く耳も持たず、A君に対しても自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメだと言っても鼻で笑うだけの長男を、どうしたら分かってくれるのか神に祈ったりしたが一向に事態は変わらなかった。
もちろん父親であるあの人に事の全ては伝えていたがそれも全てスルーされ自分から長男に関わる事はなかった。
私は孤独で無力で、自分の力の無さに絶望していた。
人は暴力を受けるとプライドがとても傷つくということが身にしみて分かった。
人としての尊厳というものが削られていき自尊心がへし折られていくのだ。
あの頃の私の心は死んでいたようなものだった。
長男から受ける暴力と、A君への申し訳無さとあの人への失望。
殴られながら、このまま死ねたら楽なのにと何度も思った。
でも、私が死んだらこの子はどうなるのかという思いも同時に湧き上がっていた。
誰かに助けて欲しかった。
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路上で長男とA君のお父さんが揉めた日の夜、夕食が終わった後くらいにA君のお父さんから電話があった。
その頃、ほぼ毎日お母さんから長男の素行に対する報告を受けていたので私の携帯にはA君宅からの着信履歴がズラっと並んでいたが お父さんと直接話すのは初めてだった。
もしもし、〜のお母さん?
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
まずはお詫びを言って自分が何も出来ない事を謝った。
すると意外なほどA君のお父さんは優しい口調で言った。
いやいや、お母さんのせいじゃないですから。
自分達も最初は〜(長男)の話しを聞いて、お母さんが酷いなって正直思ってたけど、もう毎日アイツと付き合ってらうちに何か違うって分かってきたから。
アイツは自分にとって都合が悪い人間を悪く言ってるだけって分かった。
今は俺や俺の奥さんが〜の敵になってるよね。
Aに近寄らせないから。
奥さんはアイツに注意するから気にいらないんだって事がわかったよ。
奥さんよりも、俺が気になってるのは
旦那さんの方なんだよね。
何してるの?旦那さん。
アイツの状態分かってるの?
最初にウチの奥さんがアイツに説教してた時に旦那さんが素通りして行ったって聞いて、変わってるなぁって思ったけど、もし〜が俺の息子だったら俺なら殴ってるけとね。
〜は父親が社長だってすごく自慢してるけど、アイツに何も注意もしないみたいだし。
お母さんにもアイツ手を上げてるって前に言ってたけど、旦那さんは何も言わないの?
信じられないね
自分の奥さんだよ
色々あるにしても、親としてスルーするとか。
俺にはホント分かんねー
悪いけど変わってるよね
俺、旦那さんと話しがしたいとずっと思ってたんだよね。
ガツンと叱ってもらいたいと思ってさ。
でも今は関わりあいになりたくないって思ってきた。
アイツもだけど、旦那さんもヤバそうだもん。
人の旦那さんにこんな事言ったら悪いんだけどさ。
だからさ、奥さんも大変だろうけど、何かあったらいつでも言って。
俺達で良かったら力になるから。
ウチも自分ちが大事だからどこまで力になれるか分からないけどさ。
とにかく、今日アイツにはAにもウチの奥さんにも近寄るなって言ってるから。
まぁ無理だと思うけど…
それじゃ。頑張って。
なんと驚いた事に、A君のご両親は私に同情してくれていたようだ。
A君のお母さんから時々大変ですねとは言われていたけど、それはなんて言うか口だけというか儀礼的なものだと思っていたからビックリした。本気で言ってくれてたんだな…
あちらからしたら憎くて仕方ない長男の親である私に優しくしてくれるほど、長男の私に対する敵意がすごいのか…とも斜め読みして悲しくなった私は心が荒んでるんだなと思った。
そして、A君のお父さんの言ってる事が普通の人の言葉ですごくホッとした。
分からないかもしれないけど、あの人や長男の話しを聞いていると私がおかしいと思ってしまう自分がいて、時々死にたくなる気分が湧き上がってくるのだ。
味方がいない私には優しく声をかけてくれた事が嬉しくて電話を切った後で思わず泣いてしまった。
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A君のお母さんは長男を説得しようとしたがあまりに聞き入れない為、すっかり長男を受け入れなくなっていった。
当たり前だが長男がA君の周りにいる事自体を嫌がった。
そして長男もA君のお母さんに敵意を向けるようになっていったようだ。
ある時A君の帰宅を自宅前で待っていたお母さんと、長男が自宅前で鉢合わせになりA君を挟んでお母さんと取り合いになったらしい。
それに対して長男がお母さんの肩を押したことで、お母さんの肩が脱臼したというのだ。
お母さんから電話でA君のお父さんがウチに来るだろうと報告があった。
帰宅したA君のお父さんが激怒し長男に話しをすると家を出て行ったとの事だった。
私は青ざめお母さんに謝り倒しお父さんの到着と長男の帰りを待ったが、いつまで待っても2人共来ない。
まさかと思い、マンション前の往来に出てみたら人だかりが出来ていた。
そこにはA君のお父さんと長男がいて、長男の胸ぐらを掴んで怒りの表情で怒鳴っているお父さんと、反して薄ら笑いを浮かべる長男がいた。
お前のせいでウチの家はメチャクチャなんだよ!
お前の父親は何してるんだ!
お前は父親から殴られないとダメだ!
女しか殴れないんだろうが!
と言っているのが聞こえた。
お前の父親は何してるんだ!との問いに対し長男が「仕事」と言って、更にお父さんを逆上させていたが、長男には意味が分からないようだった。
何故、長男が笑っていられるのか私には分からなかった。
この子は誰なのか?
私の知ってるあの子とは違い過ぎた。
東京に来て変わり果てた我が子に悲しくなって、こんなとこ来るんじゃなかったと後悔した。
しかし、感傷に浸っている時間はない。
人混みをくぐり抜け長男達の前に出てきた。
あんた、お母さん?
と、A君のお父さんが言った。
父親は何してんの?
本当、俺たち迷惑してるんすよ。
見てコイツ、俺の事なんか怖がって無い。
こんな奴、父親からガツンと殴られないとダメだ。
俺が殴ってやりたいけど、俺も捕まるのはヤダからね。
お父さんが話してる横から暴れ出す長男。
お前はあっちにいけ!
関係ねーだろ!
殴ってやる!
長男を抑えるお父さん。
ひとまず向こうに行ってと言われ、少し離れたところから見守った。
何もできない自分に腹が立って、泣けてきた。
長男が帰され、その後お父さんが私のところに来た。
奥さんが心配だからひとまず帰るが、後から電話をすると言われ、頭を下げひたすら謝った。
その夜、A君のお父さんから電話がきた。
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A君のお母さんから注意されたにも関わらず長男はしつこくA君に付き纏った。
A君は長男を避けるように帰宅していくのだが、長男はそんなA君を追ってA君の住むマンションまで毎日のように行っていたようだ。
最初の頃はA君のご家族も長男を自宅に上げて、A君のお父さんから話しをしてくれたりと説得を試みていたようだったが、あまりにも変わらないA君への執着にA君本人やご家族もほとほと困り果てていたようだ。
勿論その間もずっとA君のお母さんから私に電話で報告と苦情とどうにかして欲しいとの要望が続いていたし、それをあの人にも伝えていたが、あの人は相変わらずどこか他人事のように流すだけだった。
私から長男に話しをしようにも全く聞く耳を持ってくれず、それどころか気に触る事を言うものなら気が済むまで殴る蹴るを繰り返すのをやめなかった。
あまりに酷く殴られた私は、このままでは最悪な結果になるのではないかと心配し、近所の交番のお巡りさんに相談をした。
目の周りのアザや腕に出来た無数のアザや傷を見せて、時々マンション周りのパトロールをして欲しいとお願いした。
私が知り合いが居なくて誰にも伝えていない事で自分がやってる事が外にバレないだろうと思う事が暴力がエスカレートする原因だと考え、他にも長男の学校のママ友で口が固そうな人を選んで相談もした。
そしてそれを長男にも伝える事にした。
お巡りさんもママ友もご主人は何をしてるのかと聞かれたが、新聞を見ながら程々にしとけと長男に声をかけるだけだったと話すと黙ってしまった。
家の中の恥を晒すようで初めは抵抗があったが、長男を犯罪者にすることだけは避けたかった。
A君のお母さんからの電話で長男がほぼ毎日A君宅を訪れている事、A君の兄弟達も迷惑している事、お父さんから説明してもらったが効果が無い事などを聞いた。
長男はどうやらA君のご両親にも私の悪口を言っているようだった。
家の事は何もしないで、ご飯も作らない。父親を部屋に押し込めて宗教にハマっている頭のおかしい奴だと。(宗教には入ってません。神社が好きなだけです笑 父親が私の悪口を長男に言っていたままを言ってただけみたいですね。後にわかりました)
最初は長男の言い分を信じ、同情していたご両親だったようだが、何回言っても言う事を聞かず、しつこく付き纏う長男に困り、私とのやり取りを続けていくうちに長男が嘘を言っているのが分かってくれたようで、次第に私に対して同情してくれるようになっていった。
そんなある時、怒ったA君のお父さんが来たのだ。
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長男の同級生の男の子は(仮にA君としておこう)1週間学校を休んで再び登校を始めた。
病み上がりだから寄り道せずに真っ直ぐに帰宅させるようにA君のお母さんに言われ長男にそう伝えた。
長男はハイハイと聞き流すように答えて真剣に聞いてはくれなかった。
A君が学校へ行った日の夕方、A君のお母さんからメールがきた。
ウチの子がまだ戻らない。そちらに行ってないかと確認のメールだった。
戻ってきたら連絡すると伝えたが、嫌な予感がしてマンションの下まで見に行く事にした。
ちょうど次男が帰ってきて散歩がしたいと言ったので次男の準備が終わり次第出かけた。
その当時のマンションが広い敷地の中で沢山の棟が渡り廊下で連なっているタイプの物で、部屋からマンションのロビー部分まで行くだけでも五分ほどかかった。
下に降りて次男が川沿いの公園の方向に行きたがるのを引き止め、コンシェルジュが在中している所に行こうとした時、長男の姿を見つけた。
マンション脇のベンチに長男とA君が座って話していた。
声をかけようとした時、A君のお母さんが来た。
私は思わず柱の影に隠れ様子を伺った。
次男には先に戻るように言った。
大声で2人に何事か言ってるお母さん。
私の所からは内容まで分からなかったが
雰囲気から酷く怒られているのは伝わった。
いつ出て行こうかと様子を見ていた時、あの人が帰ってきた。
怒られている長男が見えてないはずないのに「こんにちは」とだけ声をかけ通り過ぎていった。
不思議そうにあの人を見返しているお母さんに長男が何か言っている。
私は今だと思って3人に近いた。
お母さんが私に何か言う前に、長男が反応した。
お前は何で出てくるんだ!あっちに行け!来たらボコボコにしてやる!
落ち着くように声をかけても逆上するだけだった。
大きな声で威嚇して私を脅す長男を、A君のお母さんが落ち着くように声をかけてくれた。
豹変した長男の様子を見て私では話しにならないと思ったのだろう。
とにかく長男と話しをさせて欲しい、私は先に戻っててとお母さんに言われた。
話しが全く通じない長男の姿。
私は悲しくてミジメな気持ちで一杯になっていた。
それにしても、あの人は何故あそこで素通り出来たのか。
我が子が人様に大声で怒鳴られてるのをみて何も思わないんだろうか。
普通はウチの子が何かしましたか?と尋ねるのではないか?と色々頭を巡ったが
そう思う反面、そういう人だと諦めもあった。
1時間ほどして長男が戻ってきた。
長男に聞いても何も言わないのは分かっていたので、A君のお母さんに電話で話しを聞いた。
A君に暫く近寄らないでと伝えたこと。真っ直ぐ帰宅させて欲しいと頼んだこと
ほとぼりが冷めたらまた仲良くして欲しいと話してる事を話したのだという。
長男は分かりましたと答えたらしい。
お母さんも大変ですね
あれじゃ家で暴力もあるんじゃないですか?
私なら施設に入れるわ、と。
ドッと疲れた気持ちで電話を切り、家に戻ったら長男が睨んできた。
ここで怯んだはダメと思い、暫くA君を真っ直ぐ帰宅させてあげてと話した。
お前らクソだな。と言い残し部屋に入った長男の背中を見て嫌な予感がした。
そして、その予感が当たるのだった。
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中学三年生になって休む事が少なくなってきた長男に、私はようやく落ち着いてきたのかとホッとしていた。
そんなある日、突然長男と同じクラスの子のお母さんからメールが来た。
その子は同じ部活の大人しい男の子で、三年生になって同じクラスになった事で
仲良くなったようだ。
どこかでお茶しませんか?
そのお母さんが言ってきた。
私は長男の事でゴタゴタしていてママ友を作る機会も無かったため純粋に嬉しいと思った。
待ち合わせのカフェに行った時、そのお母さんの顔を見た瞬間、これは私が期待していたような甘いお茶にはならないと悟ってしまった。
予感は的中した。
そのお母さんが言うには、長男がその子にしつこく接していて困っているという話しだった。
帰りの方向がたまたま同じ方角で、よくウチのマンションの下で立ち話をしているのを見かけていて私としては友達が出来たのねと嬉しく思っていたのだが、実は真っ直ぐ帰りたいその子を引き留めて長時間一方的にウチの子の話しを聞かされている事や、席が前後ろで後ろからウチの子が授業中話しかけてきて振り向かないと座席を蹴ったりすることにストレスを感じでいるのだと話された。
お腹が痛いと学校を休むようになって、それが1週間続いて病院にも連れて行った。
検査は異常が無く、それでも休みたいと言っているその子にお母さんが理由を詰め寄るとそれを話してくれたのだということだった。
私は手先が冷たくなるのを感じながら黙って話しを聞いていた。
修学旅行にも行きたくないと言っているという話しだった。
ウチの子と同じ班だから、と。
更に、休んでいる間ほぼ毎日、その子の家に行き外から大声で学校へ出てくるように声をかけているということだった。
ご近所の目もあるので…と遠慮がちに言われた。
本当に申し訳ありません。と頭を下げる私に、少しの間、自分の子の気持ちが落ち着くまで近づかないように話してくれないかとそのお母さんが言った。
私の意見は聞かないだろうけど、父親から話してもらう事を約束して分かれた。
長男に話しを聞こうとしたが、うっせえクソババァと一瞥して終わった。
あの人に事情を話し相手のご家族や子供さんが困っている事を伝えて、長男に暫く近寄らないように話して欲しいと頼んだ。
だけど、私の予想通り相変わらず真剣に向き合ってくれる事は無く、いつものように五分程度自室に呼んで終わりだった。
当然、長男が変わる事は無かった。
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中学2年生という多感な時期に転校したのがいけなかったのか、夏休み明けには不登校となった長男が家で暴れるのを私はどうしたらいいか分からなかなっていった。
気にいらない事があると暴れて壁や椅子を壊したり時には人にも手を出して、荒れ狂う長男を止める事が出来なかった。
周りは知らない人ばかりで頼りは父親であるあの人しかいなかったが、あの人は全く頼りにならなかった。
いつものように荒れ狂い私に手を出す息子に対し、あの人は新聞を読みながら「程々にしとけよ」と言った。
長男は「分かった」と笑いながら言った後、私を殴っていた。
私は絶望的な気持ちでただ長男の気が済むのを待った。
アザがアチコチに出来、目に眼帯をして腫れを隠した。
次男は寝込む事が増えた私を心配して学校から帰ると私のところに真っ先に来た。
私が死んでいないか心配だったそうだ。
ある日、長男のクラスメイトが学校に行こうと誘いに来てくれたのをきっかけに
長男は再び学校へ戻る事が出来た。
まさに救いの手だった。
しかし相変わらず気にいらない事があると家で暴れる日が続いた。
夜遊びや万引きも相変わらずだった。
あの人に長男に万引きを止めるようにと説得して欲しいと頼んでもハイハイと空返事ばかりで、五分ほど雑談して終わりで長男が変わる事は無かった。
長男が3年生になる頃、学校も真面目に行くようになり少し落ち着いてきたように感じ、私は安心していた。
ところが、また別の問題が出てきて頭を悩ませる事になるのだった。